JAXA革新3号機搭載の膜上5Gアレーアンテナ技術実証

研究背景

 小型衛星においても大口径のアンテナを用いるため、展開アンテナが盛んに研究されてきているが、下図1に示す通り小型衛星への搭載アンテナは現状ではまだ口径1m規模に留まる。アンテナ面積拡大に伴い高利得化、すなわち通信の高速化、大容量化、距離増大が可能になるため、小型衛星搭載用の展開アンテナをより大型にすることには意義がある。
 従来のアンテナ技術は、構造精度(アレーの平面度、パラボラ形状精度)を要求するため、小型衛星上ではサイズに限界がある。一方、柔軟な展開膜上で機能するアンテナ技術があれば、革新的にアンテナの軽量化・大型化が可能になる。この技術により、小型衛星による大容量通信、高速通信、深宇宙からの通信、が可能になると期待できる。

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図1 宇宙展開アンテナの既存技術


 図2に東工大による過去の開発実績を示す。ここに示す通り、東工大電気電子系の岡田研究室が開発した第5世代通信(5G)アレーアンテナにおいてビームフォーミング(アンテナの位相調整により特定の方向に集中的に電波を出し、電波の指向性を高める)を可能にする技術を用いれば、アレーアンテナが膜上の非平面に配置されても対応できる。
 このビームフォーミング技術を用い、高い構造精度の要求がある従来の宇宙展開アンテナを、柔軟な膜上アンテナへと代替することで、アンテナの軽量化・大型化の技術革新が期待できる。当研究室では岡田研との共同で、膜上アンテナの開発として世界に先駆けて「ビームフォーミングによる膜面の非平面度の補償」の宇宙実証を目指した取り組みを実施してきた。

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図2 展開アンテナの過去開発実績・展望


具体的な取り組み

 当研究室と岡田研の共同グループは、JAXA 革新的衛星技術実証3号機に搭載される「Society 5.0に向けた発電・アンテナ機能を有する軽量膜展開構造物 HELIOS」にミッションの1つである「5Gアンテナ系」として参画し、5Gミリ波アンテナによるビームフォーミング技術の宇宙実証を行うための機器開発を行った。開発状況は2021年11月にJAXAにフライトモデルを引き渡しを行い、2022年に打ち上げ予定である。
 HELIOSはサカセ・アドテック株式会社が提案代表で、東工大の他、JAXA 宇宙科学研究所、日本大学が共同提案者として参画し、各機関が保有する世界最先端の研究成果を活かして共同で開発を実施した.
 図3にHELIOS 5Gアンテナミッションの概要を示す。宇宙で展開した膜上の送信アンテナ基板(Tx board)から送信される電波を、衛星側面に配置された受信アンテナ基板(Rx board)で電波の受信パワーを計測することで、ビームフォーミングによる電波の指向性を確認する。図4は実際のHELIOS膜の写真である。

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図3 HELIOS 5Gアンテナミッションの概要[1]

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図4 HELIOS膜

開発風景

 宇宙空間の放射線環境は厳しく、電子部品は放射線を浴びることで劣化し動作不良を起こすリスクがあります。各電子部品ごとに放射線耐性が異なるため、複数の候補の中からより放射線に強い部品を選定します.図5は部品選定のためのTID試験やSEE試験の様子です.候補となる部品ごとに基板を自作しハンダ付けします.初めはハンダ付けや試験系の準備に四苦八苦でしたが、数を重ねるたびにハンダの腕前もだいぶ上達し,スムーズに準備できるようになりました.

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図5 放射線試験
(左:TID試験@東工大コバルト照射室,右:SEE試験@福井エネ研)


宇宙機器の開発では基板を設計する前にBBM(Bread Board Model)と呼ばれる文字通りブレッドボード上で使用する各電子部品の動作確認を行うための、モデルを開発します(図6).初めて使うマイコンなどのICのデータシート(だいたい全部英語;;)と格闘しながら、少しずつ少しずつシステムを大きくしていきます。ジャンパ線でこんがらがりそうになりながらも、最後は電気的な知識やデバッグスキルがかなり身についたのを感じます。

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図6 BBM開発の様子


 BBMで動作確認できた各部品で基板を作ります.これをEM(Engineering Model)と呼びます.我々(5G系)はHELIOSシステムの一部であり、統合試験ではHELIOSの各系で製作した基板を持ち寄って機械的・電気的に正しく統合できるかを試験します。図7は最初の統合試験の様子。致命的な設計ミスがないかドキドキです。統合試験の他にも振動、衝撃、熱サイクル試験等の環境試験を行って設計の健全性を確認します。ちなみに一番壊れるリスクが大きいのは振動試験です。結果何点か設計改善すべきところが見つかりました。5G系の開発ではEMを2つ作りEM1,EM2と設計をアップデートしていきました。

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図7 初めてのHELIOSシステム統合試験


 HELIOS膜は地上で折り畳まれた状態で打ち上げられ宇宙で展開します。このような膜構造は軽量で柔軟な構造であるため、無重力環境である宇宙での展開挙動を地上で試験するには工夫が必要です(重力補償用の治具を用意するなど).展開試験の様子をサカセさん含めHELIOS関係者が固唾を呑みながら見ています。宇宙でも写真のように問題なく展開できますように。

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図8 HELIOS膜展開試験[6]


 宇宙空間で電波を出すには無線機の免許が必要であり、そのために落成検査と呼ばれる無線機の特性を計測する検査で合格する必要があります。専門の業者の方に来ていただき検査しました。検査はJAXA相模原キャンパスにある電波暗室と呼ばれる、内と外の電波を遮断する部屋で行いました。この電波暗室は大型衛星が丸々入れられる体育館ほどの巨大空間で圧巻です。さすがJAXA。検査は無事に終わりました。今まで免許手続きを進めていただき岡田研助教の白根先生お疲れ様でした。

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図9 5Gアンテナ落成試験

参考文献

[1]You, D., Takahashi, Y., Takeda, S., Moritani, M., Hagiwara, H., Koike, S., Lee, H., Wang, Y., Li, Z., Pang, J., Shirane, A., Sakamoto, H., and Okada, K., “A Ka-Band 16-Element Deployable Active Phased Array Transmitter for Satellite Communication,” IEEE International Microwave Symposium, 6 2021.
[2]Shirane, A., Tomura, T., Sakamoto, H., and Okada, K., “Ultra-Lightweight Deployable Antenna Membrane Technology for Future Non-terrestrial 6G Network and Earth Observation,” AIAA/USU Conference on Small Satellites, ,No.SSC21-WKIV-07, 2021.
[3]坂本ら, “折り紙技術を用いた展開式・非平面膜面アレーアンテナの宇宙実証 , ” 第65回宇宙科学技術連合講演会, No. 3J09, 2021.
[4]森谷ら, “多機能膜面構造上の半導体デバイスの放射線対策の提案・評価, ” 第65回宇宙科学技術連合講演会, No. 4H16, 2021.
[5]Takeda, Y., Takeda, S., Koike, S., Fujita, M., Takahashi Y., Moritani, M., Hagiwara, H., You, D., Shirane, A., and Sakamoto, H., "Thermal Control of Array Antenna Transmitters Attached on Space Membrane Structures," 33rd International Symposium on Space Technology and Science, 2022.
[6]Matsushita, M., Takao, Y., Sugihara, A. K., Mori, O., Watanabe, A., Nakamura, K., Kusumoto, T., Ohira, G., Fujita, M.,Sugiura, K., Ikeda, K., Fujita, A., Yamada, S., Yamakawa, M., Satou, Y., Miyazaki, Y., Okuizumi, N., Sakamoto, H., Shirane, A., and Okada, K., "Proto-flight Model Development of a Lightweight Membrane Deployment Structure with Power Generation and Antenna Functions, HELIOS" 33rd International Symposium on Space Technology and Science, 2022.
[7](ポスター発表)坂本ら,"非平面を許容する膜面フェーズドアレーアンテナの宇宙実証," P-105, 2022
[8](プレゼン発表)白根, "6G非地上ネットワークを実現するKa帯展開膜フェーズドアレイ無線機,"
超小型衛星利用シンポジウム, 2022. https://aerospacebiz.jaxa.jp/cubesatlv2022/6-6_detail_technology.html
[9](プレゼン発表), "展開膜構造を用いた超軽量・高収納率なリフレクトアレーアンテナ技術,"
超小型衛星利用シンポジウム, 2022. https://aerospacebiz.jaxa.jp/cubesatlv2022/6-7_detail_technology.html
[10](東工大ニュース)東京工業大学. “JAXAの「革新的衛星技術実証3号機」に5G対応のフェーズドアレー無線機を搭載,”
東工大HP.2020.https://www.titech.ac.jp/news/2020/048163
[11](東工大ニュース)東京工業大学. ”東工大学生衛星開発チームが米国電気電子学会の衛星用無線機のコンペにてファイナリストに選出,”
東工大HP.2021.
https://www.titech.ac.jp/news/2022/063148?fbclid=IwAR1OUQB-lmrpdaw4yOW7aCLd7xyncsBURjTZuG9mgoGwL7YVaSTRzH0DKAw